2014年03月18日

帯広の歴史  駅・鉄道編 その7

 昭和41年(1966年)11月1日、3台目の駅「帯広民衆駅」が改築竣工。RC構造の地下1階、地上3階建の駅舎になる。地下1階には帯広ステーションビルの店舗が入居、2階はレストラン・宴会場、3階はステーションホテル。

(昭和47年帯広民衆駅 帯広百年記念館資料より)
 昭和47年(1972年)12月31日、駅舎4階部分にホテルを増築する。
 昭和48年(1973年)10月、十勝管内の自動車数が79,600台。徐々に車社会へと変化していく。
 昭和52年(1977年)2月28日、十勝鉄道全線廃止。
 昭和56年10月1日、石勝線開通。この頃から国鉄の巨大な赤字を解消すべく、不採算のローカル線を廃線、国鉄民営化へと進んでいく。
 昭和62年(1987年)2月1日 広尾線廃止、3月22日 士幌線廃止
 昭和62年4月1日、国鉄分割民営化により、JR北海道とJR貨物の駅となる。
 平成元年(1989年)6月4日 JR地北線が廃止され、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線として開業する。
 平成4年(1992年)2月14日、鉄道高架事業着工。


3台目駅舎解体工事が始まる。



 平成8年(1996年)11月24日 高架が完成し、4台目の駅舎が竣工する。

                                       ( 小坂俊昌氏撮影)
 平成11年(1999年)12月3日 帯広駅北駐車場完成。


新たな出会いの始まり
連続立体交差事業と駅周辺整備計画が一体となり、帯広がもっと素敵に変わります。これまで線路により南北に分かれていた市街地が一つになり、より魅力のある街へと生まれ変わります。新帯広駅は東西二つのコンコースにより利便性を高め、新しい人の流れを創ります。人と人との出会いの場、新たな賑わいの空間を創出します。
<JR根室本線連続立体交差事業 高架完成記念パンフレットより)   終わり
posted by pcfact at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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