2015年09月02日

オープンリールデッキ SONY TC-9400A その1

 引越で荷物を整理していたときに、40年以上も前にテープレコーダーで録音した5号リールのテープが数本出てきました。今では再生の機械がないので聞くことができません。

 何が録音されているのか聴きたくなり、オープンリールデッキを購入することにしました。デジタルの時代にアナログの器機を手に入れるにはオークションで探すほかなく、検索するとたくさんのオープンリールデッキ中古品が出品されていて、なかなか人気のようです。
 当時人気のあったアカイ、TEAC、SONYなどのデッキがありましたが、その中で中間クラスのSONY TC-9400Aが手頃なので入札しました。最初は安価だったのですが落札終了2分前から価格が上がり始め、1万円を超えてきたのであきらめました。
 そこで、リサイクル店を探したところ、たまたま同じ機種が5,000円で出ていました。録音再生はチェック済みだが、ガリがあるとのこと。オークションで出品されているものは電源が入るのみで他はノーチェック、ジャンク扱いがほとんどです。それに比べれば少しはましかなと思い早速購入しました。

 ようやく、再生できるかなと思ったら問題発生、空リールがありません。これではテープを巻き取ることができないので再生不可。空リールを探しましたがリサイクル店には無く、インターネットで購入することにしました。中古の空リールですが希少価値なので結構値段が高く、7号サイズの空リールを1本1,500円と900円で2本購入。

 4日ほどで到着し、早速再生することにしました。ところがまたまた問題発生、正回転の音と逆回転の音が同時に再生されます。
 昔の家庭用テープレコーダーは2トラック1チャンネルモノラル機だったようです。高校生時代(1960年代)に、英語の勉強のためには絶対必要と親をだまして買ってもらい、ラジオから流れるアメリカンポップスばかりを録音していました。
 今回購入したのは、1972年頃発売されたもので、4トラックステレオおよびモノラル録音方式になっています。トラックの使用方法が違うので正音と逆音が同時に出てしまうようです。
 デッキにつないだアンプはYAMAHA CA-1000VでモードがLチャンネル、Rチャンネル、ステレオがあり、モード切り替えができるので、Lチャンネルのみを再生すると聴けるようになりました。
 録音されていたものは、60年代アールディーズポップス、カレッジフォーク、自分のギター弾き語りなどです。
 何かの景品でもらった記憶があるのですが「故ジョン・F・ケネディー大統領の一般教書演説(年頭教書)」のテープもあり、当時の生の声が鮮明に録音されていました。とても貴重なテープだと思います。内容はよくわかりません。今度英語のわかる人に聴いてもらい調べたいと思っています。

取扱説明書が無いので、テープのかけ方がわからず、YouTubeの動画を参考にして何とか操作することができました。
 しかし、早送りや巻き戻しからのストップが上手く効かない、ガリがあってスイッチレバーの接点不良もあり、後日調整することにしました。

<TC-9400A その2に続>
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2015年03月03日

学習机(勉強机)を分解して、搬入設置する方法

25年以上前に子供達が使っていた学習机が2台あります。今回、親と同居の為母の家に引っ越すことになりました。廃棄処分するにはもったいないので移動したいのですが、設置場所が地下室で階段入口が狭く現状のままでは搬入できません。

1台はkoizumi製(110×70×高さ74cm)、もう1台はくろがね製100×60×高さ74cm)。天板を外すと何とか入りそうなので分解することにしました。
インターネットで調べると、天板は「木製タボ」で留まっているようです。引出を全部外して下から覗くと、くろがね学習机には天板の取り付け金具がありましたので、ネジを外しました。


天板の下から金槌で少しずつ叩くと、天板が浮き上がり木製タボが見えてきます。タボを折らないように場所を変えながら叩くと天板がはずれました。

上の写真はkoizumi製、下はくろがね製です。

木製のタボは天板側と机の本体側のどちらかにくっついて残っています。搬出、搬入の際には折らないように慎重に運びます。

これでは運べる用になりました。友人のトラックを借りて搬送し、何とか地下室の階段から運び入れました。
後は元のように組み立てるだけ。机の本体と天板のタボを合わせて金槌で叩くのですがそのまま叩くと傷がつくので必ず当て木をして叩いて下さい。また外すことも考え、特に接着剤は使用しておりません。それでも頑丈にくっついています。

無事、地下室に移動完了。私の隠れ家が出来上がりました。
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2014年03月18日

帯広の歴史  駅・鉄道編 その7

 昭和41年(1966年)11月1日、3台目の駅「帯広民衆駅」が改築竣工。RC構造の地下1階、地上3階建の駅舎になる。地下1階には帯広ステーションビルの店舗が入居、2階はレストラン・宴会場、3階はステーションホテル。

(昭和47年帯広民衆駅 帯広百年記念館資料より)
 昭和47年(1972年)12月31日、駅舎4階部分にホテルを増築する。
 昭和48年(1973年)10月、十勝管内の自動車数が79,600台。徐々に車社会へと変化していく。
 昭和52年(1977年)2月28日、十勝鉄道全線廃止。
 昭和56年10月1日、石勝線開通。この頃から国鉄の巨大な赤字を解消すべく、不採算のローカル線を廃線、国鉄民営化へと進んでいく。
 昭和62年(1987年)2月1日 広尾線廃止、3月22日 士幌線廃止
 昭和62年4月1日、国鉄分割民営化により、JR北海道とJR貨物の駅となる。
 平成元年(1989年)6月4日 JR地北線が廃止され、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線として開業する。
 平成4年(1992年)2月14日、鉄道高架事業着工。


3台目駅舎解体工事が始まる。



 平成8年(1996年)11月24日 高架が完成し、4台目の駅舎が竣工する。

                                       ( 小坂俊昌氏撮影)
 平成11年(1999年)12月3日 帯広駅北駐車場完成。


新たな出会いの始まり
連続立体交差事業と駅周辺整備計画が一体となり、帯広がもっと素敵に変わります。これまで線路により南北に分かれていた市街地が一つになり、より魅力のある街へと生まれ変わります。新帯広駅は東西二つのコンコースにより利便性を高め、新しい人の流れを創ります。人と人との出会いの場、新たな賑わいの空間を創出します。
<JR根室本線連続立体交差事業 高架完成記念パンフレットより)   終わり
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2014年03月17日

帯広の歴史  駅・鉄道編 その6

 昭和40年(1965年)4月、帯広駅構内の写真です。西5条から大通方向でプラットホームの向こう側に小さく大通跨線橋が見えています。左側に駅舎があり、右側には貨物の引き込み線がたくさん写っています。アマチュア写真家の小坂俊昌さんがカラースライドで撮影しました。

西7条の踏切です。真ん中が根室本線で芽室方向です。右側が士幌線、左側は自衛隊方面の貨物線?だと思います。踏切の右側白壁の建物は中島産婦人科で「中島みゆき」の実家です。


まだSL機関車も走っています。
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帯広の歴史  駅・鉄道編 その5

  昭和31年頃の大通踏切です。帯広駅が近く、度々列車が通るので、開かずの踏切でした。


(小坂俊昌氏撮影)
 大通は広尾に向かう国道なので車の交通量が多く大変苦労していましたが、その解消のため跨線橋工事が始まります。


(小坂俊昌氏撮影)
 昭和33年(1958年)11月17日、大通跨線橋が竣工します。
 昭和33年頃の帯広駅カラー写真です。

(小坂俊昌氏カラースライド撮影)
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